この記事より。
ロビン・ウィリアムズさん訃報、米大統領も追悼談話
(2014.08.12 11:56 JST)
ロビン・ウィリアムズの出世作は、ほとんど見ていない。
『ポパイ』(1980)も
『ガープの世界』(1982)も
『グッドモーニング, ベトナム』(1987)も。
『バロン』(1987=まあまあ。ちょっと冗長)と
『レナードの朝』(1990=ビデオで観て、泣きながら鼻をかみすぎて鼻血が出た)
は観たけど、
ロビン・ウィリアムズの印象は、ほとんどない。
なので、ロビン・ウィリアムズと認識して観たのは、
実は『フック』(1991)が最初。
たしか来日して「いいとも!」とかのバラエティ番組出演時に、
サービス精神からバカ騒ぎしてたけど、
目が笑ってないと言うか、
根明(ねあか)を装って、ホントは根暗(ねくら)っぽかった。
だから『パッチ・アダムズ』(1998)で、
本人が演じた役はネアカでも、恋人を変質者に殺されちゃうとか、
『インソムニア』(2002)の犯人役とかが、妙に印象に残ってる。
でもって、結局鬱(うつ)の発作と衝動で自殺してしまったわけだが、
この病で自殺の衝動に駆られると、
逃れようもないらしく、
知人にもあてはまる方がいたのだが、
ウィリアムズ氏も、「そういうこと」になってしまった。
人生には「去り時」というものがある。
寿命だったと考えるしかないが、
あれから約10年でもあるので、
じゅうぶんに責務を果たしたといえるのでは。
あれから、というのはクリストファー・リーヴの死から、
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という意味。
二人は映画では共演がないものの、
1973年にニューヨークのジュリアード学院の同窓生として、
ルームメート当時からの親友で、
1995年にリーヴが落馬事故で脊椎損傷、
車椅子に喉から呼吸器につないで生きながらえた時、
ウィリアムズ氏の言葉で、生きる希望をつないだそうだ。
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そしてリーヴ氏は、自分の命が潰(つい)えたら、
未成年の遺児となるウィリアムの面倒を見て欲しいと、ロビンに頼んでいた。
果たしてリーヴ氏の死(2004年10月10日)からほどなく、
最愛の妻デイナも肺がんで、夫を追うように逝去(2006年3月6日)。
かくして、身寄りのなくなった息子ウィリアムは、
ロビン・ウィリアムズ氏に面倒見てもらったらしい。
そういえば、8月11日の夜って、
たまたまYouTubeで、
クリストファーとデイナのリーヴ夫妻に捧げた映画、
『スーパーマン・リターンズ』(2006)
の削除シーンを見つけて、
「へえ、こんなのがあったんだ」
と驚いていたばかりだったので、
またしても不思議な気分。
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