本ブログではテーマ:映画で数年前に、
「キケンなニオイのする映画」というタイトルがあった。
- 2013年06月25日 キケンなニオイのする映画(洋画編)
- 2013年07月18日 キケンなニオイのする映画(邦画編)
- 2013年11月16日 〈邦画編・その2〉キケンなニオイのする映画(3)
- 2015年10月31日 『ギャラクシー街道』キケンなニオイのする映画(4・2015邦画編)
- 2016年04月11日 『バットマン vs スーパーマン』キケンなニオイのする映画(5)
関連記事では、
- 2019年09月16日 絶対に信用してはいけない映画レビュー
———というのが、今年もあった。
さて、今回取りあげるのは、
2019/11/22から日本でも公開された、
『アナと雪の女王2』だが、
皆さんはこの映画に、
期待されているのでしょうか?
アナ=高瀬愛奈(日向坂46)
私は1作目『アナと雪の女王』にはまったく乗れず、
鑑賞したのも公開( 2014年3月14日)から、かなり経ってからだったし、
- 2014年07月11日 鑑賞記(1)/『アナと雪の女王』〈その8〉
- 2014年07月12日 鑑賞記(2)/『アナと雪の女王』〈その9〉
- 2014年07月13日 鑑賞記(3・まとめ)/『アナと雪の女王』〈その10〉
途中で「こりゃアカン」のつまらなさに寝落ち。
他の映画を鑑賞の際、
さんざん「♪ありのままで♪」の部分だけを抜き出した予告を見たがピンと来ず、
本編を見たら、さらにもっとピンと来なかった。
日本公開前に、世界各国でヒットしていたため、
宣伝部としてもしくじりは許されず、
それは成功だったわけだが、
ひと言で言えば子供向けの映画で、
批判精神もなく、とにかく肯定、支持、圧倒しかない子どもにはウケたが、
まともな大人で、これに心酔するのはどうかしている。
(以下転載)
一番の問題は、
「愛が事態を解決する」
という「引っかけ」の快感に取り憑かれてしまい、
それを押し通すことで、
全体の構成がガタガタになってしまったこと。
王子様のキス(異性の愛)が事態を救う
と見せかけて、
実は姉妹の愛(肉親の家族愛)が救ったわけだが、
元はと言えば、
最後に事態を解決した姉エルサこそが、
問題の発端たる張本人なんだから、
ああいうラストの締めくくりが解決だったら、
そもそも問題は、最初から起きてないんじゃないの?
もっとも始まりは子供時代なので、
エルサはまだ未熟で自分の中の問題解決能力に気づけず、
その時点では森のトロールに頼るしかなかった
…ってことになってるんだろうけど、
このトロールたちの存在が、また大問題。

このウザイ烏合(うごう)の衆、後で再登場するんだけど、
わざわざもう1回出て来る意味や役割を、結局果たさず終(じま)い。
「ああ、ここで姉エルサが妹アナを遠ざけた理由が、
いよいよ語られるんだろうな。
いいね、いいね!」
と思ってみてたのに、
その事情を知り、アナに語れる唯一の存在であるトロールは、
なぜかその件に全く触れず、
これでは、なんで出て来たのか、ひたすら意味不明。
結局、ここで問題の発端に触れてしまうと、
観客の意識が振り出しに戻って、
姉妹の愛が解決のカギと、ネタバレしかねないので、
あえてその件はスルーして、
「愛が解決する」という引っかけワードをひたすら仕込むだけという、
さしずめ「母さん助けて詐欺」集団みたいな、
だましへの誘導役に堕している。
わざわざもう1回出て来る意味や役割を、結局果たさず終(じま)い。
「ああ、ここで姉エルサが妹アナを遠ざけた理由が、
いよいよ語られるんだろうな。
いいね、いいね!」
と思ってみてたのに、
その事情を知り、アナに語れる唯一の存在であるトロールは、
なぜかその件に全く触れず、
これでは、なんで出て来たのか、ひたすら意味不明。
結局、ここで問題の発端に触れてしまうと、
観客の意識が振り出しに戻って、
姉妹の愛が解決のカギと、ネタバレしかねないので、
あえてその件はスルーして、
「愛が解決する」という引っかけワードをひたすら仕込むだけという、
さしずめ「母さん助けて詐欺」集団みたいな、
だましへの誘導役に堕している。
テレビもとにかくネガティブは御法度なので、
出演者が「ご覧になりましたか?」と訊かれると、
「いや、まだ見てない」という、便利な答が実に多かった。
そう言うしかなかったんだと思う。
『2』公開後のレビューも☆5つがズラリだが、
私はダマされない。