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おわびします。
それ言っちゃダメ三連発
「ウルトラQ」
「ウルトラマン」
は、どちらも1966年放送だったので、
もう50年以上前の作品。
なので、番組にまつわる定説を覆す新説が出て来ると、
「そうだったのか!」と飛びつきがちだが、
どっこい、当時からリアルタイムでつきあい続けた筋金入りのマニアからすると、
「それは言っちゃダメ」という誤情報も流布しがちである。
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こうした誤情報は、
とにかく耳目を集めるため、
ひとまず沈静化しても、
いずれまたぶり返す。
んでもって、
それは違いますよ
と、バトルになるんですよ。
こちらはそう言うのを見かけるたびに、
ハラハラします。
といいながら、放置も性格が悪すぎるので、
今月もまだ投稿に余裕のある月初めのうちに、
そういう「それ言っちゃダメ」について、
書いておくことにしようっと。
1.シュレンマーのバレエ
エラソーに前置きしたが、実を言うと今回取りあげる第1弾のデマは私も、
この4年前(2015年04月13日)の記事(光の国に屈したヒーローたち〈予告篇〉)で加担している。
(以下再掲)
こうした、互いにそっくりさん同士のマスクの始祖、
初代ウルトラマンが深層心理的に参考にしたのは、
1922年が初演の、バウハウスのオスカー・シュレンマーによる前衛バレエ、
「三部構成バレエ」Triadisches Ballett / Triadic Ballet
20分あたりから。
天体を模した円形のヒレ?の内部の演者の板金製?マスクではないか。
デザイン担当の成田亨氏は、なにせインテリだったから、
このバレエ演目を知っていたはず。
ただし成田亨には芸術家としての自負があり、
盗作だけはやるまいと自らを戒め、
唯一の例外は、『宇宙水爆戦』(1955)のメタルナ・ミュータントを参考にしたバド星人で、
(あまり似ていないにもかかわらず)
それが悔いに残り、2度とやるまいと誓った
——と生前に述べていたと、人づてに聞いたことがある。
※確定情報ではありません。
——と、エラソーに書いたものの、
シュレンマーの銀仮面のウルトラマンマスク造形への影響は、
2016年03月29日
(以下引用)
シュレンマーの鉄仮面はそれ自体は良い出来と思うんですが、中世の鎧兜の変容で、人間の顔の風刺、カリカチュアのようなニュアンスを受けます。
頬をふくらませて唇を突き出し、日本でいうお多福やひょっとこのような印象です。
ただ、トサカのツバ、つり上がった大きな目、金属、などの点で通じる部分は誰が見てもあるんです。
それは部分だけの類似です。
上半身の円盤に内包される3つの円、頭、胸、腰、
そのうちの1つが仮面で、
それぞれ円で構成しています。上半身すべてが1つの表情です。
バレエの動きのためのもの。歯車のような動きです。やはり風刺的な演出でしょう。
しかし最近も、
「シュレンマーのデザインを使え」は、
TBS側から成田亨氏への提言だったのでは
と言う奇説が顔をもたげた。
内容はフェイスブックの特定コミュニティに参加しないと閲覧不可だが、
このコミュニティ、なかなか敷居が高くてね。
その内規の事細かさから言うと、
他箇所への情報流出もダメだろうことは承知で、
かといって具体的な内容を示さなけりゃ、
この記事を読んでる方にはさっぱり不案内なままで失礼なので、
ざっと要約しておきます。
※親切心で無断転載してるんだから、チクらないでくれよな!
まずはS(新藤 義親)氏から動議?、
(以下要約)
- レッドマンからウルトラマンに至る流れで、実は途中でTBSの「強い意向」が働いて現在のデザインに至ったという新たな推察がある。
- (動議人S氏の)友人が「ウルトラマン」特撮班で助監督を勤めた故・山本正孝さんに生前辰巳出版「ウルトラマンAge」の取材でインタビューした際にウルトラマンのデザインが決まった時の話を伺った。
- 山本さん曰く、レッドマンのデザインにリテイクが出て以降、決め手になるアイディアが円谷サイドから出ない状態が続いていたある時、業を煮やしたTBSから「こんな感じのヒーローにしろ!」というかなり強硬な形で海外のオブジェとおぼしき銀色の仮面の写真を見せられたという。
- 山本さんによれば「栫井巍(かこい・たかし)さん辺りだったと思うけどハッキリとは覚えていない。でもTBSの偉い人だったのは確か」と仰有っていたそうです。
- それを見た成田亨が粘土を削りながらアレンジを加えてウルトラマンの顔原形が完成した、と推察。
- 山本証言は「TBSが銀の仮面の写真を見せてこういうのを作れと言った」という主旨の部分だけだが、そのTBS写真がウルトラマンマスクの完成に大きな影響を及ぼしたのは間違いなさそう。
いろいろ横道に反れますので悪しからず。
(中略)
成田さんに会えた事とデザインを見せてもらった感動は言葉にならないほどでしたが、同時に面白い発見をたくさんしていきます。
ネットの時代は情報が錯綜し、熟考されずに事例が覆されます。
シュレンマーやドラケンを
(中略)
個人的には、というか個人的な解釈しか出来ませんが、成田さんのデザインは表面の装飾よりフォルム出しにあるように思います。
(続く)
- ウルトラマンとオスカー・シュレンマーの舞台美術の相似という話、数年前SNS(ミクシィ)が起源で急速に浮上してきた仮説、と記憶している。
- ヤマダマサミ氏の「大ウルトラマン図鑑」で、この件について全く言及されていない事実を重視。
- デザイナー本人に取材して書いてるんだから、そういう話が出てくれば当然、記事にしたはず。
- この仮説を唱え始めた人の気持ちもわかる。ウルトラマンのデザインはあらかた語り尽くされてしまったため、ファンとしては新説奇説への好奇心が絶えない。
ただ、ろくな資料も無いのに、あたかもソレを真実だと吹聴する真似はちょっと。歴史研究には膨大な資料を読み解く時間と、その中から信頼性の高いモノを見抜く審美眼が必要不可欠。
【成田亨とオスカー・シュレンマー】修正版
において、K氏は続ける。
(2019年6月10日)
- 銀仮面はウルトラマンの元ネタとして話題に上る、ドイツの芸術家オスカー・シュレンマーが、自身の代表作である「トリアディック バレエ」の為にデザインした舞台衣装。
- トリアディック バレエは1922年9月30日に、シュツットガルトのヴェルデンベルク国立劇場小ホールにて上演されたのが初演。
- そのシュレンマーが、バウハウスで教鞭をとっていたのが1920年から29年迄の9年間。
- 後に、武蔵野美術大学の校長を務める山脇巌氏が、夫人と共にバウハウスに留学するのが1930年。
- なので、このお二人がシュレンマーの授業を受けていた可能性はここで消失。影響を受けたとしても、ソレはシュレンマー個人からではなく、バウハウスという空間そのものから、と考えた方が自然。
- 成田亨氏が武蔵野美術大学に入学するのが1950年なので、成田氏がシュレンマーの名前を知っていたとしても、そこから多大な影響を受けたとは考えられない(同じ大学に通ってても、学部や専攻が違うと他者の作品には無頓着、なんてのは美大生には良くある話)。
- そもそも「トリアディック〜」のコンセプトは要約すれば「制約の多い(動けない)衣装を纏って、どれだけの振付が可能なのか」であり、ウルトラマンのそれとはまるで異なる。
- 子供番組に芸術論を持ち込んだ、と揶揄される程に自身の芸術に対して誠実であった成田氏が、わざわざコンセプトの異なる作品からアイデアを引っ張ってくる、と考えるのは無理がある。
- 先日、このグループ内において「ウルトラマンのマスクをデザインする過程において、TBS側から資料としてシュレンマーの衣装が提示され、こういうデザインにしろ、との指示があり、成田氏はそれに従ってデザインを完成させた」という趣旨の投稿があり、賛同者も多かった。
- 両者のデザインを改めて比較してみると、ウルトラマン最大の特徴でもある鼻筋から唇にかけての処理が、
- シュレンマーの仮面では全く行われていない事から、似てるのは「ただの偶然」と断言できる。
- 丸い頭部に鶏冠(とさか)の意匠は西洋の甲冑や、日本の埴輪にも見られるごくありふれたモノであり、シンプルな形状を模索していけば自ずと此処に行き着く。
- また、成田氏は生前のインタビューに於いて「アトリエに籠って一人でデザイン作業をしている時には、円谷プロの社員は勿論、自分以外の人間は誰も訪ねてこなかった」と発言されている。
- デザイン決定に関する極秘の会議があったと仮定して、それをどうやって成田さんに伝えたのか、という疑問。電話でしょうか?メールに画像ファイルを添付して送信なんて出来ない時代に、デザインに関する指示やアイデアを口頭で伝えるなんて不可能。
以上の理由から、ウルトラマンのデザインへのシュレンマーの影響は「全く無し」そしてTBS側からの指示云々に関しては「推量の域を出ない一考察」と結論付けられる。
色んな意見があっていいなら、コレがあってもいいはず。mixiの全盛期辺りから拡散され出した、この問題に対する自身の最終回答として、此処に書き置く。